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晴れても屋根の下

TRPGに関する考え事をこまごま。

あるいは吉日

TRPGが好きです。

思い返せばおそらくは小学6年生、深沢美潮先生の『フォーチュン・クエスト』でTRPGというゲームの存在を知り、好きなものを題材にして遊んでいたのが始まりでした。

そこから優に10年以上、色んなシステムに出会っては遊びたくなり、人を集め、頻繁にとは言えないもののなんだかんだでセッションの経験を積んできてはいる――のですが。どうにも拭えぬ疑問があります。

 

声を掛ければ一緒に遊んでくれる友人はいる。ありがたいことです。

セッションが始まればそれに参加してくれる、それなりに楽しんでくれてもいる様子、次回の予定を挙げれば応じてくれる。

けれどその、言うなれば「誘われる側」、「受動的な参加者」から一歩踏み出してこちらに来てほしいというのは、贅沢な話でしょうか。

ルールブックを軽くでも見ておいてほしい、世界設定を基本だけでも知っておいてほしい、なんなら「知らないから説明して」って要求してくれるのでもいい。一緒に遊ぶためのアプローチを求めるのは、過度な期待というものでしょうか。

 

……自分がTPRGを好き過ぎるんだろうなーと思わないでもないのですが。笑。

自分の気持ちを分析してみると、「TRPG初めてです」という参加者がいるときに当日顔を合わせてから説明をスタートするのは苦ではなくて、それはなぜかと言えば、「なるべく敷居を下げてあげたい、まずは体験してみてもらいたい」という気持ちの方が強いからだと思います。負担は自分が引き受けて、初心者さんには楽しいところだけ味わってもらおう、という考え。

そして自分が実行できていないのは、その「まずは自分(=GM)が」で引き受けた負担を、プレイグループとして継続して一緒に遊んでいくなかで、PLに分担して請け負っていってもらうという点――……なんだろうなあ。

更に言うなら、セッションを楽しみにして当日までに色々動いているのが自分だけのように感じられて「寂しい」というのもあるんだろうと思います。

 

と、ここまで考えて、自分の中でも様々絡みあっていることがよーく分かってきたので、ひとまずは考えられる問題点を挙げて、今後に放り投げる形で締めておきます。

 ・実はPLがさほど楽しめていないのでは?

 ・世界観をどの程度把握しておくかはプレイングスタイルの差?

 ・負担に偏りがあるという認識の有無

 ・プレイグループ内での年齢差による遠慮やら何やら

 ・感想戦などのコミュニケーションの不足

ものすごく思い付きの部分もあるので、実際の問題はどれなのか、あるいは本当にそれは問題なのか、少しずつ考えていきたいところです。

 

まあでも、たまにげんなりするときがあったとしても、やっぱりTRPGが好きで、事前の準備でセッションが楽しくなるのなら多少の手間は苦じゃないんですけどね!